読書感想文


盤嶽の一生 普及版
白井喬二著
未知谷
2002年4月8日第1刷
定価2800円

 武州浪人、阿地川磐三、号して盤嶽。愛刀日置光平を生涯唯一の友とし、偽り、詐術の類いを心底から嫌っている。生一本で、人が困窮していると見るや助けずにはいられない。しかし、その度に裏切られる。他人との関わりを持たないようにとするが、それでも世の不合理には黙っていられない。幕府でさえ権勢を保つために民を苦しめるという現実に、彼は呻吟する。青年ならば教育で正道を貫けるだろうと思うが、青年たちが純粋な分、結局は法にからめ取られるという事実を見、子どもならば純真であろうと思うがもう既に大人によって価値観を植え付けられているという実態を知り、赤ん坊ならば白紙であろうと思うがそれを幼少から育英しようという領主は嫡男の側近を育てようとしてるだけだとわかり……。正義とは何か、正直とはどういうことか、彼は様々な体験を通じて深く考えるようになっていく。しかし、それを疎んじる者も多くいる。そういった者たちから身を守りつつ、彼が悟った人生の価値とは……。
 単純なばかりに正義をふりかざす、いつまでも成熟しない浪人の生き方を通じて、作者は社会の矛盾をあばきたてるとともに、絶対的な善や正義という価値観の虚しさをも批判してみせる。盤嶽は、そういった矛盾などに直接ぶち当たり、傷つき、それでもなんとか筋を通す方法はないかと模索するのみである。その悩み苦しむ過程に本書の魅力はある。
 盤嶽は剣の達人である。しかし、彼は日置光平をふりまわして全てを解決しようという乱暴者ではない。思慮は浅いが、常に道理というものを考え、前向きな姿勢を保ち続けようとする人物である。ただ、それが度を過ぎているために周囲からは変人扱いされてしまうのだ。
 ここに描かれる社会の矛盾は、時代が変わっても人間にとっては不変のものであろう。それだけに、作者が盤嶽という変人を通じて訴えたかったテーマは、現在でも通用するものだと思う。やっぱり「富士に立つ影」も読むべきかもしれないな。

(2002年8月15日読了)


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