読書感想文


手塚治虫の奇妙な資料
野口文雄著
実業之日本社
2002年8月19日第1刷
定価1700円

 手塚治虫が雑誌連載を単行本化する際に、あるいは単行本を復刊する際に、大幅な改稿をしたり加筆訂正を繰り返していたことは手塚ファンにとっては周知の事実である。本書は、そういった単行本未収録の原稿や雑誌から起こしたものと加筆訂正したものとを徹底的に比較したものである。
 ただ比較しているだけではない。著者は比較しながら、あるいは完全に抹消されてしまった誌面を再現しながら、なぜ手塚がそのような改訂をしたり単行本に収録しなかったりしたかを考察している。
 例えば、雑誌掲載時には読者サービスとしていれたものを単行本化する際にやり過ぎと感じて収録しなかったと思われる場面がある。あるいは、雑誌掲載時には自分でも満足できなかったので完全に書き直したと思われるものもある。
 それらを見ていて思うのは、手塚治虫という漫画家が常に完全を目指していたということである。また、自分が過去に残したものをその時にしか書けなかったものと割り切れない青臭さも感じる。読者からしたら別にそのままでも支障がないと思われるものでも全面改稿してしまい、雑誌掲載時に読者が面白いと思った部分が単行本で読まれないという不満には思いがおよばなかったのだろう。そういう意味では手塚治虫は読者に対してメッセージを発していただけではなく、自分という人間の欲求として作品を残すという思いの強かった人だったのだろうなあと思う。
 それにしても、ここまで徹底的に資料を提示して分析した著者の執念には感服する。本当のマニアとはこういう人のことをいうのだ。根底にあるのは作品への愛情である。過剰なまでの愛情をきちっとコントロールしてこういった形でまとめたという点に、本書の凄さがある。著者はさらに第2弾も準備しているそうだから、楽しみに待ちたい。
 手塚ファン必読の研究書である。ここには独りよがりな勝手な思いこみだけの解釈などはないのである。

(2002年8月15日読了)


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