読書感想文


戦後野球マンガ史 手塚治虫のいない風景
米沢嘉博著
平凡社新書
2002年9月19日第1刷
定価740円

 戦時中敵性スポーツとされた野球は、米軍の進駐とともにその政策にも利用され、戦前以上の興隆を見せる。マンガの世界にもその影響は大きく、明朗路線がメインとなって野球マンガが人気を呼ぶ。さらに魔球を全面に押し出した作品が続出し、「巨人の星」で魔球時代は全盛を迎える。しかし、「アストロ球団」でこの路線が行き着くところまで行くと、野球そのものを楽しむものが人気の中心となり、水島新司の時代を迎える。やがて野球四コマなどで野球そのものが笑いの対象となり、野球人気の変化とともに野球マンガとラブコメの融合が進む。少年マンガの看板は野球ものではなくなり、野球マンガのもっていた魅力は青年マンガに引き継がれていくことになる。
 ここで著者はマンガの歴史に残る名作だけでこの流れを記しているのではない。忘れ去られてしまったような(「大器のマウンド」なんて誰が覚えてる? 私は好きだったけれど)作品も含めて体系的な野球マンガ史が明らかにされるのだ。
 サブタイトルにもあるように、ここに「マンガの神様」手塚治虫やトキワ荘グループの作品はほとんど含まれない。手塚治虫がもっとも苦手としたジャンルがスポーツもの。そして、手塚自身がアシスタントに「巨人の星」を前にして「ぼくはこのマンガがわからない。どこが面白いのか教えてくれ」と聞いたというエピソードで示されるように手塚が決して理解できなかった世界なのだ。
 スポーツマンガの読者は、マンガ評論とは無縁という層だったかもしれない。しかし、なぜ野球というスポーツがまるで日本の国技であるかのように人気をもっていたかの検証としてもこういった類のものは必要だったのである。そして、マンガ史を俯瞰的かつ個別にとらえられる数少ない一人である著者がそれをやってくれたということは、大きな意味があると考えられるのだ。本書は「消えた魔球」(夏目房之介)と並ぶものとなるだろう。ただ、それが結局スポーツマンガの歴史を体系的にたどった研究書がなかったという事実につながるところに大きな問題点があるともいえるのだが。

(2002年9月21日読了)


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