読書感想文


棺の中の悦楽
山田風太郎著
講談社文庫大衆文学館
1996年6月20日第1刷
定価680円

 自分がひそかに愛している女性、稲葉匠子につきまとう男を殺した脇坂篤は、それを目撃した速水という男とある約束をかわす。それは、速水が公金を横領して得た大金をその拘留中預かり続けることであった。その約束を守っていた脇坂は、匠子が会社の御曹子と結婚したことで自暴自棄になってしまう。彼は、速水が出獄してくる3年後までに預かっている全ての金を使い切り、その金を使い切ったと同時に死んでしまおうと考える。その金の使い道は、十分な手当を渡しながら半年ごとに女性を替えて棲するというものであった。脇坂は計画通りに女性遍歴を始める。3年間で6人、いろいろなタイプの女性と契約をかわす脇坂だったが、それらの女性の中に、常に匠子の面影を見つけてしまう。3年後、全ての金を使い切った脇坂を待ち受けていたものは……。
 一人の女性を忘れるために、次々と女性を替える主人公の味わう悦楽という奇抜なアイデアから、金によって動く人間の心理と、そして真実の愛というものを理解し得ない人間の哀れさを描き切っている。
 主人公は女性を愛欲の対象としか見ていない。しかし、相手の女性は金につられて彼の愛人となりながら、最後には身をていして彼を守るのである。助けられながらも、彼はその女たちの愛情に気がつかない。ここでたいていの作家は主人公に真実の愛というものを悟らせるのだろうが、作者は決して安易な方法はとらない。1度でわからない愚者は6度でもわからない。そして、わからないままその報いを受ける。そのタッチのドライさが、本書の魅力であり、作者独特の無常観を示しているのである。

(2002年10月26日読了)


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