薬種問屋の手代、甚八は、実は江戸の町を暗躍する盗賊、〈阿修羅の仁兵衛〉の一味であった。彼は頭である仁兵衛の娘、るいと恋仲になる。るいは育ての親である常磐津の師匠、玉を実の親と慕っており、自分の実の親については知らされていない。仁兵衛も、るいを堅気の人間として育てるように玉に指示してきた。しかし、甚八は盗賊から足を洗ってるいと所帯を持つことを仁兵衛に伝えようと決意する。その最後となるべき仕事である大和屋襲撃事件の直後、甚八は下手人として囚われ、厳しい拷問を受ける。獄中に届けられた手紙により、盗賊団の仲間たちが次々と不可解な死を遂げたことを知った甚八は、誰が仲間たちを殺したかに気づく。仁兵衛の工作で出獄した甚八を待ち受けていた地獄とは。
陰惨な物語である。登場人物の誰一人幸せになるものはいない。そして救いのない結末。殺しが殺しを呼び、恨みが恨みを呼び、憎しみが憎しみを呼び、強慾が強慾を呼ぶ。タイトルの通り、まさに〈蟻地獄〉の罠のように、登場人物全てがもがけばもがくほど堕ちていく。
作者が描きたかったのは、人間の業なのか。いや、そのようななまやさしいものではないように思う。何か作者の魂の奥深くにどろどろとした憎悪のようなものがうずまいていて、それが露出したのではないかと感じてしまった。もともと作者は陰惨な描写を好む作家ではある。しかし、そこには伝奇的なアイデアなどを必ずからませ、それなりに必然性を持たせようとしている。
本書は違うのである。陰惨な描写を書きたいがために陰惨な物語を作り上げたという感じがするのだ。そのどろどろとした怨念のしつこさがかえって物語の面白さにつながってくるのだから不思議なものだ。
異能作家の〈陰〉の部分が徹底的にあらわされた異色作である。小説に心あたたまる癒しを求める人にはとても薦められないのだけれど。
(2002年10月29日読了)