中世ヨーロッパ。十字軍の度重なる遠征により、ローマ教皇の権威は衰え、各国の国王が力をつけていった時代。そして、暗黒から夜明けへ向かう直前の時代。本書はそんな時代を舞台にした歴史小説として物語が始まる。しかし、その物語が進むにつれ、読者はその世界が自分たちの知っているそれとは微妙に違うことに気がつく。遥か東方では、極限に進んだ文明が遺伝子操作や核兵器により自滅していっているらしいことが明らかになってくる。そのことに気がついた時には、読者は既にこの世界にとらわれてしまっているのだ。この手並みこそ、作者ならではの言葉の魔法なのである。
ローマから派遣された主人公たちが到達したコンスタンティノープルは、高度な科学に守られ、ある秘密を秘匿する都である。主人公の一人はそこにとどまり、その秘密を知ろうとする。もう一人はイスラームのオアシスに赴き、歪んだ科学の結果生じた女性だけの世界に迷いこむ。やがて、心を持たない人造人間たちが東方より出現し、彼らの世界に破壊をもたらそうとする。それを食い止めるのが主人公たちと、その娘たちである。
アーサー王伝説、マルコ・ポーロの『東方見聞録』、教皇のバビロン捕囚。様々な歴史のエピソードがパズルさながらにちりばめられ、それらは作者の描き出す並行世界に深く関わり、大きな意味を持っていく。
本書に登場する口さがないローマの聖職者たちの無責任なお喋りは、現代のインターネットの匿名掲示板で繰り広げられる狂躁的な情報の垂れ流しと同じものであり、退廃した社会での人々の閉息感の現れである。
そういった閉息感を打破するのに必要なものは何なのか。得体のしれない魔法的な〈科学〉に対して、それを慫慂と受け入れることなのか。それともその正体を見極めることなのか。正しい解答は、ない。
作者は、舞台背景について説明はしない。混乱の後に来るものについても、はっきりとした結末は与えない。それはあたかも読み手の力量を試すかのようである。
人は大きな力に抗いながら、その卑小さを嘆き、そして無力であることを知った時にその力を最大限に発揮する。本書で作者が示唆するのは、そういった人間の持つ限界と可能性なのである。
(2002年10月19日読了)
(本稿はネット書店サイト「bk1」に掲載されたものをそのまま使用しております)