読書感想文


運河の果て
平谷美樹著
角川春樹事務所
2001年7月8日第1刷
定価1900円

 火星が地球化改造され、さらに木星周辺の外惑星にも人間は移住するようになっていた。人間は自然分娩の能力を失い、さらには自ら自分の性を選ぶ「モラトリアム」という存在をも生み出していた。「モラトリアム」の一人であるアニス・ソーヤーは、自分の性を決定すべく、火星考古学者のトシオ・イサカ・ヴァインズと、そして政治家のリン・ワースリーを導師としたいと願っている。かれらは1年以上を自分の決めた導師のもとですごし、その結果男性か女性か、またそのまま性を決定しない「完全体」となることを選択するのだ。アニスは、トシオとともに運河の果てまでさかのぼり人間移住以前に存在していた原火星人の遺跡を探訪する旅に出る。一方、リンは資源開発をめぐる外惑星連合と火星の関係悪化のために地球から派遣された調停者タイロン・アラナーの誘拐事件を調査していくうちに、火星と木星と地球をめぐるある陰謀の存在を知る。アニスとトシオが運河の果てで見つけたものは、リンが到達した陰謀の真相とは、そしてこの2つの事件の関係とは……。
 火星に植民した人間、そして遺跡に残された原火星人の痕跡。さらに「モラトリアム」たちの存在意義など、一見手垢のついたテーマであるはずのこれらの要素を実にうまく組み合わせた上に、2つの事件を併行して描き一本によりあわせていくストーリー展開など、みごとである。作者の意欲がみごとに結実した作品なのである。ここには、日本SF創成期の作品に見られた「SFをつくりだす」という熱い思いと同質のものが感じられる。
 作者のもつやさしさも、ここではプラスに働いている。このあと発表されるものを含めて、現時点では作者の最高傑作だといえるかもしれない。

(2002年12月14日読了)


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