読書感想文


イツロベ
藤木稟著
講談社文庫
2002年7月15日第1刷
定価781円

 産婦人科医、間野祥一はボランティアでアフリカの奥地に行き、呪術を操るラウツカ族にひきこまれていく。そこでかれが見たものは、森が産んだという畸形児であった。熱病にかかったが奇跡的に回復し日本に帰国したかれを待っていたものは、冷淡になった妻、愛娘の死……。彼を呼ぶのはかつて彼と関係のあった少女の幻影か。正気を失いさまようかれをゲーム店に導いた少年はいったい誰なのか。少年たちが熱中し、間野も常に接続せずにはいられないネット・ゲーム「ゴスペル」に秘められた秘密は。東京に現れたラウツカ族の目的は。間野が逃げようとして見つめてこなかった過去が、錯乱した彼を呼ぶ。
 アフリカの呪術、コンピュータによるネット・ゲーム、さらにはDNA解析、夫婦間のトラブル、若き日の過ち……。様々なテーマがごった煮のように小説に投げこまれ、溶けあい、混ざりあい、しかしそれぞれが独立した要素として物語を構成していく。醜い現実、目を覆うような描写、しかし、目をそむけるわけにはいかない。目をそむけてしまったら、この物語がどこまで突き抜けていくのかを知ることができなくなるではないか。
 小賢しいことはいわない。現実と幻想の区別がつかなくなるその時、私たちは自分が見たいものだけを見、知りたいことだけを知ろうとしかしない存在なのだということを、本書は目の当たりにしてくれる。
 この混沌、呼んでいて実に厳しく現実というものの恐ろしさを突きつけてくる。これまで読んでいなかった自分の不明を恥じるのみだ。

(2002年12月17日読了)


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