中学1年生の少女、柏原空音は、いじめの被害にあい絶望している。しかし、ミギワと名乗る美少女から渡された薬〈ユーフォリオン〉を飲み、人生観が変わってしまう。その薬は人為的に臨死体験のできる薬品であった。空音は〈ユーフォリオン〉を使用する子どもたちが集う『なかよし進学教室』と名づけられたたまり場に連れていかれ、そこに集まる子どもたちと話をするようになる。彼らは臨死体験を通じて「死」を恐れることがなくなったと感じるようになっていた。空音もまた、いじめてくる相手に対して見下ろすような感覚を身につけるようになってくる。ところが、同級生の和賀勇人からミギワの実姉、七尾湊がミギワの行方を探していると空音に伝えてきた。そして、ミギワの失踪、『なかよし進学塾』の閉鎖……。空音はミギワが残していった連絡先をたどり四条理という青年と接触するが……。
臨死体験というと、コニー・ウィリスの『航路』を連想するが、本書は臨死体験そのものをテーマに置いたものではなく、臨死体験によって変化する少女の心理などをきめ細かく描いたものである。インスタントに体験できる「死」と、現実に自分の目の前に迫ってきた「死」との対比を通じて、生きるということの重みを描いたものなのである。だからといって、本書は決して説教臭くはない。それは、あくまで主人公を主体において彼女の体験する恐怖感や虚脱感、そしてそれらを経て変容する彼女のアイデンティティーを読み手が共感できる形で描き出しているからだろう。
かつて私は作者のヤングアダルト小説を1冊だけ読んだ時に、かなり安易な小説の作り方をしているのでがっかりしたことがある。ところが、大人向けのホラー小説ではその印象を覆す面白いものが上梓された。そして、本書である。「一皮むける」というが、作者はどこかで何かきっかけをつかんだのだと思う。熱心な読者ではない私はそれがいつかは指摘できないが、今後は目の離せない作家となっていくと、そう思う作家の一人になっているのである。
(2002年12月26日読了)