「ハヤカワハィ!ノヴェル大賞」受賞作。作者の本格デビュー長編。
黄武神皇が支配する〈霊ノ国〉の外れにある流浪民の街〈灰かぶり市〉に住む少年、戌児は、街を治める鬼雅親方から〈馬奴走〉の騎乗者として将来を期待されている。しかし、〈大耐久馬奴走〉の順路にあたっているという理由で、行政警察の長、襤褸によって〈灰かぶり市〉は徹底的に焼き尽くされてしまった。〈灰かぶり市〉の生き残りである戌児、兎女、鉄輪、タケらは密かに〈大耐久馬奴走〉への参加準備をはじめていた。優勝者は黄武神皇の謁見が許されるのである。彼らは黄武神皇暗殺を胸に秘め、〈大耐久馬奴走〉の勝者となるべくスタートする。戌児の最強の敵は蒼馬天将。戌児が〈霊ノ国〉に災厄を呼ぶ宿命の子であることを知った襤褸は、様々な方法でその行く手を妨害してくるが……。
少年の成長物語、と簡単に言い切ってしまっていいものかどうか。物語の本筋はそうである。しかし、それ以外に全てを支配する独裁者の物語や、主人公を取り囲む人々にまつわる因縁など、物語を重層的にする要素を加え、単純な冒険物語に終わらないようにしている。背景にあるものは、人間の愚かさやみじめさ、それを超える不可知的な力による誰にもあらがえない運命など、個人の力ではどうにもならないものである。本書の延長上に『呪禁官』があるといっていいだろう。
また、本書を読んで感じるのは作者の鋭敏な語感である。地名、人名など、独特の響きを持ったものが使用されており、それが物語の雰囲気を形作っている。異世界ファンタジーにある借り物的な雰囲気が、本書にはない。日本神話風でありながら、微妙にずらしたネーミングの妙がある。
作者の長編デビュー作として記念すべき作品であり、異世界ファンタジーの定型を破る野心作である。
(2003年1月5日読了)