宮本村の牢人、新免武仁は、宿敵平田無二斎に国境いの山中で斬殺される。その妻、佐久は無二斎に犯されるが、母を救おうとした幼い息子弁之助は、無二斎を殺そうとして脇差しでその背中を突く。しかし、無二斎がよけたその切っ先は母の命を奪った。父を殺し、母を犯し、自分の手を血に染めさせた憎い男に、弁之助は育てられることになる。山中で独自の方法を編み出して剣の腕を磨いた彼の敵は無二斎だけではない。無二斎の使いで酒をもっていった弁之助を軽くあしらった吉岡清十郎もまた、彼の仇敵となった。無二斎を山中で倒した弁之助は、実父の故郷に戻り、名を武蔵と改める。実姉、於幸に世話になりながら、武蔵は兵法者、有馬喜兵衛と最初の決闘をし、これをほふる。名をあげようと西軍の伏見城攻めに加わった武蔵だったが、新時代の戦には剣法は不要になったと知り、以後は決闘者としての道を歩み始める。瀬戸内の海賊を倒して京都に上った武蔵は仇敵吉岡清十郎に決闘を申し込むが、清十郎は武芸者の道を捨てようとしていた。武蔵は殺生関白豊臣秀次の娘、夕姫と出会い、ともに真田幸村のもとへと歩を急ぐ。二人を待ち受けていた魔の手とは……。
作者は、冒頭から主人公の武蔵に苛酷な運命を背負わせる。父を殺し母を犯した男に養われるのだ。しかも母は自分の手で殺してしまっている。そのせいか、彼には常に陰があり、虚無的な空気がただよっている。あの眠狂四郎の作者ならではの武蔵像である。ここでの武蔵は、タイトルにある通り、決闘者である。作者が吉川英治版「宮本武蔵」のアンチテーゼとして提出したのは、戦乱から安定に向かう時代に乗ることができず、戦うことでしかおのれを表現し得ない絶望者である。海賊から救った娘、さきは武蔵の別離とともに海に身を投じ、人買いから助けた少女、きちは再び人買いに売られて遊女として彼の前にその姿を現す。武蔵を愛した女性は、ことごとく不幸になるのである。兵法者の心中に到来する絶望が深ければ深いほど、その虚無感は凄みを増していく。
武蔵はどのような境地に達するのか、続巻が楽しみだ。
(2003年2月2日読了)