読書感想文


決闘の辻 藤沢版新剣客伝
藤沢周平著
講談社文庫
1988年11月15日第1刷
2002年10月15日第32刷
定価533円

 剣豪小説の名手による剣客短編集。著名な剣客を作者独自の視点から描き出している。
 「二天の窟」では、老境の宮本武蔵のもとを訪れた若き日の武蔵そっくりの兵法者に対して、武蔵の揺れ動く感情が、「死闘」では、伊藤一刀斎の二人の弟子が師の後継者を争うそれぞれの思惑などが、「夜明けの月影」では、兵法者と幕臣の二つの立場の間で自分のとるべき道について悩む柳生但馬守の葛藤が、「師弟剣」では、衰え果てた師匠諸岡一羽斎を裏切った高弟と残された弟子たちの対決を、一人の女性を軸にして、「飛ぶ猿」では、剣客であった自分の父を殺した兵法者を探す若い武者の親への微妙な感情が、それぞれ描かれている。
 本書は、華々しい戦いの様子を描いたものではない。むしろ、戦いの裏にある人間の心の弱さ、もろさを、様々な剣客の戦いの中からすくいだそうとするものである。
 圧巻は「二天の窟」で、かつては権威を打ち破る立場であったものが、自らが権威になってしまったがためにその権威を守ろうとして醜い姿をさらしてしまう。プライドという鎧に隠された、老人の真の心のもろさを作者は残酷なまでにつきつけてくる。その老人に宮本武蔵をもってきたのが心憎いばかりに効果的である。
 剣客が刀をふりまわすのは、強いからではない、弱さを防御するためなのだ。そう感じさせる説得力に満ちた好短編集である。

(2003年3月3日読了)


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