読書感想文


素浪人宮本武蔵 一 白刃の篇
峰隆一郎著
光文社時代小説文庫
1993年11月20日第1刷
2002年11月20日第5刷
定価514円

 平田弁之助は十三歳で剣客有馬喜兵衛を木刀で撲殺、兵法者の道を歩み始める。初めて人を殺したという事実は彼の心に重くのしかかる。しかし、預けられている寺の娘、お祐を抱いたことにより、心の安定を取り戻す。武者修業に出て豊岡で秋山主膳を倒した時は、その腕を見こんでもてなしてくれた武士、坂口弾正があてがってくれたお梅を抱き、関ヶ原の戦いで落ち武者となった時には山賊の青木右近に見こまれ、山賊が手ごめにした庄屋の嫁のお鶴を抱く。青木からは刀の使い方を教わり、弁之助は狂ったように向かってくるものを斬り殺す。姫路城下で武芸者を倒し、宮本武蔵と名乗る兵法者が弁之助を気に入り、自分の名を名乗るように勧めた。領主の池田輝政に呼ばれて姫路城に登城、御前試合で輝政の家臣を殺したことにより、弁之助は輝政に命を狙われることになる。姫路で出会った女、お藤と別れ、弁之助は清洲に。ここにも輝政の放った刺客が追ってきた。そのため、弁之助は宮本武蔵を名乗って刺客から逃げようとする。ただただ人を斬ることしかできない武蔵の行く手に待ち受けるものは……。
 まさに「素浪人」である。剣を通じて自分を磨く、仕官して出世する、そのようなことは一切頭にない。斬れば胸が苦しくなるが、女を抱けばそれもおさまるという設定がユニークである。人を斬ることによってしか自分が存在し得ないという、業のようなものを背負った男が、どのようにして「五輪書」までいきつくのか、興味深いものがある。
 ただ、切り合いのシーンや女性との濡れ場などの描写はワンパターンで、武蔵にとっての人を斬ることや女を抱くことの重みが伝わってこない恨みが残る。木刀で叩けば目玉が飛び出て脳漿が飛び散り、刀で斬る時は必ず雁金に斬り、相手の女性はまず弁之助の一物をくわえてその精を飲み干してからでないと性交しない。量産型の作家の陥りやすいところなのだろうが、それにしてもこのパターンの繰り返しには食傷気味になってしまう。このあと、どのように変化がつけられるかで評価も変わってくるのではないか。

(2003年3月6日読了)


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