ある高層ビルの一室に彼はいる。彼の名は「ハーレクイン」。彼のもとには、願いをかなえてほしい人々が次々と訪れてくる。結婚式の当日に自分の結婚相手を親友にとられた女、自分の夫を殺してしまったと思い込む虚言癖のある女、醜く太ってしまった自分を元の姿に戻してほしい女、目の前に現れた女性から同性愛関係にあったといわれ記憶を戻してほしいという記憶喪失の女、いじめで殺された友人を生き返らせてほしいと願う男、高校時代に戻って交際相手を選び直し人生をやり直したいと望む女、読心能力のある妹の自殺癖を直してほしいと希望する女、亡くなった親友の息子が訪問してきて自分の世話をやく理由を知りたがる女……。「ハーレクイン」は、ひとつひとつのケースに対し、依頼者の目の前に幻影を見せ、依頼の裏に隠された真実をあばいていく。
いわゆる「揺籠椅子の探偵」である。しかし、「ハーレクイン」は何か推理をするわけではない。魔法使いのように全ての真実を見通した上でそれを依頼主の前に突き付ける。謎解きの面白さで読ませるのではない。人間が表面を糊塗することでなんとか送っている日常生活を、その糊塗している本人の依頼でひっぺがし、見たくなかったものを見せる。作者がここで見せる手際のよさは、鋭い人間観察眼のたまものであろう。「ハーレクイン」の無機質な造形がその残酷さを倍増させる。
ただ、短編の連作という性質上、一篇ずつをとりだしてみると、もう少し枚数を使って書きこんでほしかったという思いは残る。せめてそれぞれ倍の分量があれば、と思わずにはいられない。もっともこの枚数でこれだけの人間ドラマを紡ぎ出すのだから、それはそれですごいことなのではあるけれども。
(2003年3月20日読了)