読書感想文


宮本武蔵伝奇
志村有弘編
勉誠出版 べんせいライブラリー
2002年12月15日第1刷
定価1000円

 宮本武蔵を題材にした短編のアンソロジー。
 藤原審爾「尾張の宮本武蔵」は、尾張藩の兵法指南になりたい武蔵を断わる徳川義直の理由と武蔵が考える断わられた理由の食い違いを描く。直木三十五「日本剣豪列伝 宮本武蔵の巻」は、史料と物理的な条件をもとに、講談で描かれる宮本武蔵像の誤りをただす評伝。光瀬龍「化猫武蔵」は、化猫に変身した母を斬殺した武士の敵討ちを依頼された武蔵が、その真相にたどりつくという外伝的な掌編。新宮正春「巌流小次郎秘剣斬り 武蔵羅切」は、一乗寺の決闘のあと、吉岡一門の助っ人として雇われた佐々木小次郎が、武蔵と戦っていたという設定で、巌流島の決闘のまえに二人の間に起きた因縁を描く。郡順史「妄執の雄叫び」は、勝つためならどんなことでもする布施新九郎という兵法者が、執念深く武蔵をつけ狙うその妄念を描く。上野登史郎「剣豪列伝 異説・宮本武蔵」は、宮本武蔵は実は三つ子だったという設定で書かれた不思議な短編。宮下幻一郎「宮本武蔵」は、蟹丸悠軒という飄々とした剣客に挑戦する武蔵の心理をたどったもの。
 傑作ぞろいとはいわない。例えば藤原審爾のものは、長編の一部を切り取ったスケッチという感じであるし、直木三十五は資料的な価値のあるものではあるからこういったアンソロジーに収録する意義はあるけれど、小説としての面白さはというと疑問符がつく。上野登史郎のものは設定は面白いが、短すぎてその設定を生かし切れていない。宮下幻一郎の武蔵は吉川版武蔵のアレンジという感じがする。
 だから、武蔵をミステリの探偵役のように扱った光瀬龍や、武蔵に実施がいなかった理由を突飛な物語を創造することで解決してみせた新宮正春、武蔵を脇役に配し新九郎の執念をこれてもかと描いた郡順史のような、どちらかというとケレン味のある短編の方が面白く読めた。吉川英治の作り上げた武蔵像が大きいだけに、どうしてもそれを突き破るには長編でないと難しいのだろうし、短編で扱うのなら、真っ向勝負は避けた方がよいということなのだろう。
 ただ、これだけバラエティに富んだ短編を集めた編者には、特にその資料的価値も含めて敬意を表したい。

(2003年3月22日読了)


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