巌流島の決闘以後の宮本武蔵の旅を、短編連作の形で綴ったシリーズ。
常に相手をじらすことによって心理戦を勝ち抜いてきた武蔵が、一人の女性に逆に心理戦を仕掛けられてしまう、その心のすきを描いた「女人」、腰抜けの臆病な農民のもつ特技に戦う強さだけが天下無双ではないと気づかされる「夏蟲」、荒れ城にあらわれるという妖怪の退治を依頼され意外な真相に出会う「妖怪」、自分の少年時代を思わせる少年から戦いを挑まれる「邪心」、山犬を操る伝説の兵法者との戦いの意外な結末を描く「驚愕」、越前松平藩の家老を襲った犯人は誰かを探るミステリ仕立ての「刺客」など、全10編を収録している。
ここで描かれる武蔵は、求道者でも決闘者でも狂人でもない。自らの限界をさとり、時には傲慢になり、時には謙虚になるごく普通の人間である。ごく普通の人間であるというのが、武蔵を描いた小説の中でいかに特異なものであるか。作者は手練れらしく、小気味よいテンポの短編で、少しずつその人間像をあらわにしていく。そこには、武蔵という人間を多面的にとらえようとする工夫が見られる。全8巻の大部であるが、その中でどのような武蔵像が完成するのか、楽しみなシリーズだ。
(2003年3月25日読了)