ゲームソフトの制作をしている会社で、新しいゲームを開発している石室孝夫が自殺した。開発途中からゲームの試作品をプレイしていた男は、石室のあとをついでゲームを完成させなければならない。現実世界の苦衷をリアルに再現したそのゲームをプレイしているうちに、彼は自分が生きている世界が、現実のものなのかゲームのものなのかわからなくなってくる。彼の頭の中に響く声は「ハグルマ」……。彼が生きる世界は現実なのか、ゲームなのか。そして「ハグルマ」の真の意味とは……。
現実と非現実が入れ子になり、複雑にからみあい、不安定な世界が広がっていくという点では、まぎれもない北野作品である。ただ、本書はホラー文庫というレーベルを意識してか、いつもの北野世界にただよう浮遊感などは抑え気味になっており、また、どちらかというと理に落ちた形で物語が収束していく。そういう意味では、作者の新境地といえるだろう。ただ、初めての読者にはわかりやすいであろうSF的説明が、作品全体の現実も虚構も区別のつかない独特の世界のムードから、読者を現実により近い位置に引き戻してしまっている。せっかく現実も虚構ももうみんなぐちゃぐちゃになってしまった奇怪な世界を構築したのに、最後に整理されてしまうのは、ちょっともったいないような気がした。
もちろん作品の完成度は高く、北野作品の持つ浮遊感になじめない人にも勧められるだろう。また、「ハグルマ」をめぐるハードSF的なアイデアの展開にも工夫が凝らされていて、読みごたえのある1冊となっていることは間違いない。
(2003年4月13日読了)