読書感想文


バカの壁
養老孟司著
新潮新書
2003年4月10日第1刷
定価680円

 著者はまず「話せばわかる」は大嘘だと断じる。わかったようなふりをしているだけで、知識として蓄えたものと経験として体感したものは全くの別物なのだ、と。さらに、「知識」と「常識」は違い、不偏不党などというものは不可能だとNHKの基本姿勢も切って捨てる。個性をのばす教育などというのは不可能で、個性をのばすということはつまり社会的な不適応者を増やすだけだと書く。人間にはそれぞれもって生まれた個性があり、それを社会という枠の中で活用できるように規制をかけていくのが教育の意味だとも。人は常に変わっていく。しかし、人はそれぞれが「自己」という情報を持っており、その情報に従って不変である自分というものを意識していくものなのだという。だから、一神教のような「一元論」は自分の周りに壁を作ってしまうことであり、「人間であればこうだろう」という常識を作り上げていくためには「二元論」でなくてはならないと結論づけていく。
 傾聴すべき点は多くあるし、なるほどと思わせるところも多いのであるが、何か素直に頷けないまま読み終えた。論の立て方が極端すぎるのではないかと思う。脳の仕組みと思考に関する論説については、専門家らしい定義づけと検証がなされているけれど、例えば「個性をのばす教育」に関するくだりなど、実際の初等・中等教育現場の行っていることを確認した上での事とは思えない。著者の頭の中にだけある「個性をのばす教育」の定義をもとに論を進めるというかなり乱暴なことをしているのである。
 本書が示唆するものに価値がないわけではない。それどころか、現代人に対する意義のある提言をしている。しかし、結論に関しては正鵠をいていても、そこにいたる道筋にかなり問題がある。新しい新書シリーズの刊行に際して目玉の一つとして企画されたものなのだろうが、発行日に向けてかなり無理をしたのではないかと邪推してしまう。せっかくの好企画なのに残念なことではある。

(2003年4月24日読了)


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