読書感想文


北野勇作どうぶつ図鑑 その1 かめ
北野勇作著
ハヤカワ文庫JA
2003年4月15日第1刷
定価420円

 作者初の短編集。しかも全6巻でほとんどを網羅するという企画。口絵のかわりに彩色済みの折り紙がついていたり、カバー見返しには作者による動物解説まで載っている。編集者の力の入れ方が違う。もちろん、内容もそれに見合ったものである。
 いきなりやってきた宇宙人により自分の部屋をカメ天国にされてしまう「カメ天国の話」。人間がどこかにいってしまった地球での、心優しい「模造亀」のカメリの生活を描く「カメリ、リボンをもらう」。亀型宇宙船に乗る夫婦と彼らの地球での「模造亀」とのエピソードを描いた「かめさん」。動物をモチーフにしたショート・ショート「生き物カレンダー」4篇が収録されている。
 どうも、短編集といっても、作者が展開する宇宙史の一環であるような話が中心となっている。でもそれは一環ではあるけれど、壮大で悠久の歴史を描くのではなく、そんな歴史の渦の中にいる市井の人々の日常生活をごく自然に切り取ってみた、という感じだ。そんな日常的かつ非日常的な(矛盾しているようだが、この場合の「非日常的」は私たちの世界では、という意味であり、作者の構築した世界では「日常」なのだ)スケッチこそが作者の本領なのである。大変なことが起きているのに登場人物たちは大慌てはしないし、したとしてもすぐにそれを日常のものとして受け入れてしまう。私たちの日常でも、結局同じことがいえるのだろう。そして、私たちが無自覚的に生きていることを否応もなく思い知らされる、そんな短編集なのである。

(2003年5月17日読了)


目次に戻る

ホームページに戻る