町の商店街の小さな楽器店。その2階にあるピアノ教室。杉原亮子は音大のピアノ科を主席で卒業しながら、そのような場所でピアノ教師をしている。小学6年生の生徒、ユイカが変質者に襲われた事件で、少女が隠していた秘密を探り当てたのをきっかけに、彼女は、その周辺で起きるささいだが重大な事件を次々と解決していく。音大を主席で卒業しながら演奏家になれず、ピアノ教師でありながら発表会で模範演奏ができない彼女には、その原因となった悲しい過去があった。楽器店でアルバイトをしながら音楽療法師を目指す大八木千鶴は、そんな彼女を精神的な重荷から解放させたいと願うのだが……。
最初の数編は、町のピアノの先生が身近な事件をその推理力で解決していくという筋立てなのだが、途中から登場した音楽療法師の卵が主人公のトラウマを解決しようとしはじめるあたりから、物語が一気に深く大きなテーマを持っていることが明らかになっていく。なぜ主人公がそのような推理力を持っているか、という理由に彼女が持つ過去へのトラウマをからませていくあたりに本書の凄みがある。また、作者の音楽に対する愛情が、作品に力を与えていることも大きなポイントとなっている。
傷つきやすい心とは何か。人間の外面と内面のギャップから生じる誤解。音楽の持つ力。いろいろなテーマが縦横にはりめぐらされた弦のように用意され、ささやかな事件がその弦に触れると複雑な音を奏で始める。
本書の裏表紙には「癒しのミステリー連作」とあるが、私はそうは思わない。人間の心理をえぐり出し、時には絶望的な思いまでさせる。これを「癒し」とはいうまい。「癒し」などという薄っぺらい響きのする言葉は本書には似つかわしくない。もっと深いところで人間をとらえようとする、そういう試みの連作なのである。
(2003年6月6日読了)