第4回日本SF新人賞受賞作。
日本列島を謎のクラゲ状の生き物がとりまいた。海運は閉ざされ、石油や穀物など輸入に頼っていたものは入手できなくなり、人々の生活は一変した。配給、闇市。ウィルス性疾患により、肉身を拒絶する者が増加した。それまでの秩序は崩れ、新しい秩序が生まれつつあった。大阪の町ではツバメという女性を中心に市が立ち、彼女をめぐって様々な人間模様が織りなされる。怪生物を排除する「エロス計画」「タナトス計画」の実行責任者、馳は、ツバメの実兄である。彼もまた妹をめぐる人間模様に組みこまれていく……。
本書は「日本沈没」や「首都消失」(いずれも小松左京)などのパニックSFの系譜に位置付けることができる作品である。「もし日本が怪現象により鎖国状態になったら」という設定のもと、極限に置かれながらもたくましく生きる人々の姿を描いている。小松作品が政府の動きなどの高い視点でその状況をとらえたのに対し、作者はあくまで大衆にこだわる。異変前に一般社会からドロップアウトした少女も、世話になった親分の金にさえ手をつける極道も、私立中学に入学しエリートコースに乗るはずだった少年も、みな生きるという目的のために生活を続ける。その様子をていねいに書きこんだところに本書の特徴はある。
さらに、舞台は大阪である。飾らず、そして合理的な人々の住むこの町だからこそ、本書に登場する大衆たちは生き生きと動くのではないかと思う。生きるために生きる。人間の本音の部分を、作者は異変後の世界という舞台を用意することによって増幅させている。
むろん、異変のアイデアが優れていなければこの設定は生きてこない。海中に登場し、日本列島をぐるりと取り囲む謎の生命体。いろいろなものを取りこみながら巨大化していく、その存在にリアリティがなければ、せっかくの登場人物たちの生きる様子も空疎なものになってしまうだろう。ただ、本書においてはそのアイデアの理論に関してはあくまで設定でしかない。新しい秩序という状況を産み出すための方便というところか。
書きこみのむらや、伏線らしきものが生かされないなど、小説の構成上の課題はあると思う。過剰な部分と不足している部分のバランスはあまりよいとはいえない。だからこそ作者には今後ハイペースで作品を発表していってほしいと思う。どんどん書くことにより、そういった課題は解決していくだろうから。
(2003年6月17日読了)