読書感想文


宮本武蔵 幻談 二天光芒
古川薫著
光文社時代小説文庫
2003年6月20日第1刷
定価571円

 歌人、斎藤茂吉は、精神科医の学位をとるためにウィーンに留学しようとしていた。友人が旅の無聊を慰めるためにと「宮本武蔵遺蹟顕彰会」編の『宮本武蔵』という本を渡される。とくに興味はなかったもののページをめくり、船旅の途中で巌流島にも立ち寄る。ウィーンから帰国したあと、茂吉は菊池寛が随筆で武蔵最強説をとなえていることを知り、反論するように「巌流島」という随筆を発表し、佐々木小次郎を擁護する。その論争は、直木三十五と菊池寛、さらには吉川英治をも巻き込み、三十五の死まで続く。その結果、吉川英治は新聞に「宮本武蔵」を発表することになる。本書では茂吉たちが武蔵の事蹟を追い掛けるのと併行し、武蔵の評伝が綴られていく。
 不思議な構成の物語ではある。斎藤茂吉が手渡された一冊の本に端を発する「武蔵」論争と、その武蔵の事蹟をまさに検証するように追いつづける構成が、巌流島の決闘まで続き、途中から完全に評伝に移行する。むろん、エピローグではなんとか2つの物語を結び付けるような形でまとめてはいるが、なんとなく収まりが悪い。
 老練な作家の仕事らしく、「武蔵」論争と武蔵の事蹟をリンクさせるという着想はみごとである。ただ、フィクションであるかノンフィクションであるか判然としない展開には首をひねらざるを得ないものがある。「武蔵」論争が主なのか、宮本武蔵の評伝が主なのか、軸足が定まっていないような感じなのだ。できれば、「武蔵」論争を軸に茂吉たちの脳裏にそれぞれの武蔵像が浮かび上がるという形で展開してくれたら、より面白く読めただろう。
 もっとも、宮本武蔵という人物自体が実在しながらフィクション的な人物像しか残っていないという存在なのだから、物語がフィクションかノンフィクションか判然としないのも当然、ということなのかもしれないのだけれど。

(2003年6月29日読了)


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