ウェアラブル・コンピュータが実用化され、ゴーグルをつけて街を歩くだけで様々な情報が入ってくる時代。ヴァーチャル・リアリティ環境にどのくらいオリジナリティを付与できるかということを検証してほしいと従兄の禎一郎に依頼された金森詳子は、その世界の中で「ソルト」と名乗る人格からの挑戦を受ける。「ソルト」は詳子の情報を次々と取り出して見せ、ピエロの姿をした「ペッパー」が彼女を翻弄する。それだけではない。「ペッパー」は現実世界にも現れ、ゴーグルをつけていない詳子の前でまるでヴァーチャル・リアリティ空間と同じような形で姿を消してしまう。「ソルト」と「ペッパー」の挑戦を受けた禎一郎と詳子は、アンダーグラウンドのヴァーチャル空間として知られる「オメガ・エンド・ファイナル」にもぐりこむ。彼等が受けた挑戦の結果は。現実世界とヴァーチャル世界に違いはあるのか……。
コンピュータの生み出すヴァーチャル・リアリティ空間を素材に、「自分とは何か」あるいは「存在とは何か」を探る。ヴァーチャルリアリティが進みすぎた時に起こり得る自己喪失感覚を予言したものと読んでもよいだろうし、存在の確からしさを疑うという、いわば実存主義に対する挑戦状と読むことも可能だろう。
ただ、ここではっきりと言えるのは、我々が確かだと思っているほど現実世界は確からしいものなのかという作者の問いかけが本書にはあるということだ。そして、本書を読み進めていくほどに、その確からしさに不安を覚えるようになる。それこそが作者の狙いなのであろう。
本書でもまた、作者はSFのスタイルで人間そのものを描き出そうとしているのである。
(2003年7月9日読了)