読書感想文


大阪の宿
水上瀧太郎著
講談社文芸文庫
2003年8月10日第1刷
定価1200円

 舞台は大正末期の大阪。東京から転勤で大阪にやってきた主人公、三田は、下宿屋の夫婦と折り合いが悪く、土佐堀の旅館「酔月」に月ぎめで宿を取る。御影に住む友人の田原やなじみの芸妓で〈蟒(うわばみ)〉の異名を持つお葉との交流。通勤途中ですれ違う女性に心をときめかせ、また、一張羅を洗い張りしてくれたおみつへの複雑な思い。女衆たちや泊まりあわせている客たちとのやりとりなど、こまごまとした日常が過ぎる中、お葉のしでかした酒の上での失敗がもとで、三田は東京に戻されることになる。
 特に大きな事件が起きるわけではい。ただ、性や欲に対して無防備で無秩序で不道徳な大阪の人々に対して、東京人である主人公があきれもし、あきらめもする、その心象風景の描写に知らぬ間に引き込まれていく。織田作之助の「夫婦善哉」を読んだ時もそうであったが、戦前の小説のもつ独特の雰囲気にひたることの心地よさを感じる。
 作者の父親は明治生命の創業者だという。本人も実業家として父親のあとを継いだ。そういった育ちの良さからくる鷹揚さが、作品全体に表されているようだ。
 大正末期の大阪の風景や、東京人からみた大阪の人々の様子などは、現代小説では得難いものだ。そして、こういう雰囲気の小説を一生のうち1本でいいから書いてみたいと、そう思わずにはいられないのである。

(2003年8月16日読了)


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