読書感想文


日本語は年速一キロで動く
井上史雄著
講談社現代新書
2003年7月20日第1刷
定価700円

 東京で若者たちが普通に使う「ウザッタイ」は、実は多摩地方の方言が流入してきたものである。「〜みたく」という用法は東北・北関東の方言が入ってきたもの。このように、〈東京新方言〉というべき言葉は、意外にも地方からの流入例が多くみられるのだ。
 著者は、グロットグラムという記入表を最大限に利用し、このような言葉の流れを定点観測し続けてきている。そして、その結果新語とみられる言葉でも、マスメディアを通じて流行するものとは違う〈新方言〉がどのような流れで使われるようになり、定着していっているかを本書で明確に提示する。その結果、自然に伝わっていく〈新方言〉は、年速一キロ平均で広がっていくのだというモデルを示すのである。
 もっとも、この数字が何を示すかということに関しては、著者は十分に示し得てはいない。そちらはおそらくは他の研究者や、あるいは読者が考えるべきことなのだろう。著者の行っているのはあくまで基礎研究なのだ。しかし、この基礎研究による確固たる数字がなければ、どのような『日本語の乱れ論』も単なる印象批評に過ぎなくなってしまうのではないだろうか。そういう意味では、本書のように手に入りやすい形で基礎研究を発表してくれるのはありがたいことだ。
 ところで、実は私が本書で一番面白かったのは、随所でポロリと口から出たように書かれる、研究資料となるアンケート調査に関する苦労話である。私も学生時代に一度こういったアンケート調査を手伝ったことがあるけれど、その苦労がしのばれる。

(2003年8月22日読了)


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