読書感想文


アラビアの夜の種族
古川日出男著
角川書店
2001年12月25日第1刷
定価2700円

 第23回日本SF大賞受賞作。
 ナポレオン・ボナパルトによるカイロ侵攻直前、イスマーイール・ベイはこのフランク軍団の脅威を情報として持っており、他のベイ、無邪気に勝利を確信しているムラード・ベイや保身のことしか考えていないイブラーヒーム・ベイとは違い、なんらかの対策をとるべしと考えていた。彼の奴隷であるアイユーブは、それを読んだものは必ず滅びるという「災厄の書」を発見したので、これをフランス語に訳してナポレオンに読ませればよいと提案した。しかし、実は「災厄の書」は実在せず、夜の種族である語り部ズームルッドに新たに語らせた物語を書家に書き取らせることにしたのである。十数夜にわたり、ズームルッドは語る。奸知に長けた魔王アーダムと蛇神ジンニーアの物語を、それから数百年後に生まれた白子の魔術師ファラーと王家の血筋をひきながら詐欺師の一家に育てられた義賊サフィアーンの、アーダムが作った迷宮をめぐる蛇神との戦いの物語を。「災厄の書」はナポレオンの侵攻までに完成するのか。そして、物語にとり憑かれた者たちの運命は……。
 本書は、架空の書物である「アラビアン・ナイトブリード」を作者が翻訳したという前提で物語が進められる。さらに、ナポレオンのカイロ侵攻という史実と語り部による説話という二重構造。架空であるということを二重三重に強調することで、読み手を幻想の世界に誘い込んでいくという仕掛けなのだ。
 刮目すべきは「災厄の書」で、この絢爛たる物語が本当にアラブ世界に伝わっている説話だといわれても素直に信じられるくらいの出来なのだ。様々な登場人物が微妙に絡み合いながら紡ぎ出される物語は、堅固な構成と饒舌な語り口によってそのリアリティを増す。
 なぜ、このような仕掛けが必要であったのか。これまでの3作で、作者は言葉の限界を強調し続けてきた。それも、書かれた言葉の。だからこそ、この物語は書かれたものではなく語られた物語でなければならなかったのだろう。そして、この物語が語られたものであることに真実味を与えるためにも、こうした構成は必要不可欠のものだったのに違いない。さらに、言葉が現実に与える影響も、現実にこういうことが起きているとするよりも物語の上での話とすることにより、かえってその効果を際立たせる。その狙いはみごとにあたっているといえる。
 作者は、言葉の持つ効果とその限界を本書では「説話」という形をとることによってまたも示すことに成功した。このような濃密な世界をいつまで書き続けられるか、限界までとことんつきつめていくつもりなのだろう。その試みにはこれからも目が離せないのだ。

(2003年8月27日読了)


目次に戻る

ホームページに戻る