SF界の最長老の単行本未収録作を集めた短編集。とはいえ、落ち穂拾い的なものではなく、たまたま現在まで単行本化される機会がなかっただけという話。直木賞候補にあがった「河太郎帰化」が収録されているというだけでも貴重な一冊で、解説も担当している編集責任者の日下三蔵さんに拍手を送りたい。
作者初期のミステリである「夜走曲」と「くすり指」は今読むとやはり古びた感じがするが、行方不明の人間が樹脂の塊となって発見される「死を蒔く男」あたりになると、現在のホラーSFに通じる感触が出てくる。未来社会の破滅を描く「東京湾地下街」や「見張りは終わった」は、初期の日本SFがもつペシミスティックで救いのないタッチに慄然とさせられる。これらを読むと、今年の日本SF大賞の選評である選考委員が「SFの伝統的リリシズム」と書いていたが、果たしてそうだろうか?
戦争をテーマにしたシリーズである「確率空中戦」「みどりの星」「御国の四方を」の3編は、それぞれが全く別方向のテーマで書かれていて、作者のテクニシャンぶりを感じさせる。
直木賞候補作となった「河太郎帰化」は、かなりわかりやすい風刺小説で、発表された当時はここまでわかりやすくしなければSFは理解してもらえなかったのだろうかと思わせた。
本書の圧巻は〈根岸物語〉と題された「瀧川鐘音無」と「新版黄鳥墳」の2編で(実は三部作の予定であったが、3作目はまだ書かれていない)、滅び去った明治時代の日本に対する哀切の情で胸がいっぱいになる。2編とも動物の恩返し話の系譜に連なるのだが、文体も舞台も全て含めた本当の江戸情緒というものが描き尽くされている。
「浦島太郎」の後日譚(?)である「玉手箱のなかみ」で未来から浦島太郎をたずねてやってきた男が述懐する「おれの国ぢゃ何もかも『前向き』でなきゃいけないんだ」というセリフは、バブル期直前に書かれた当時の空気がよく表されているように思う。
独特のスタイルと、決して多作とはいえない執筆ペース。いろいろな事情があって単行本未収録となっていた珠玉の短編がこうやって読める。なんとありがたいことだろう。絶版となっている文庫もなんらかの形で再刊されないかと思わずにはいられない。
(2003年8月28日読了)