読書感想文


アマチャ・ズルチャ
深堀骨著
ハヤカワSFシリーズJコレクション
2003年8月31日第1刷
定価1700円

 タイトルを見て、ああそうか、この作者のねらいは夢野久作にあったのだな、とやっとわかった。「ドグラ・マグラ」のもじりだろうと推測されるのである。そして、本書に収録された各短編に、その影響を多分に感じることができる。
 一言でいうと、奇妙奇天烈摩訶不思議な世界、というべきか。擬古的な文体しかり、異様なオノマトペしかり、登場人物の怪しげなネーミングしかり。いたるところに夢野久作を意識した作りが見えてくる。
 では、夢野久作を読んだことがなければ本書は楽しめないかというと、そうではない。夢野久作の影響は濃いけれど、ここで展開される世界は明らかに深堀骨独自のものであるし、現代感覚とレトロ調の融合の面白さを堪能できることはまず間違いない。
 すすり泣くコインロッカーをめぐって無生物に意識があると主張するレヂナルド・キンケイドの奇行を描いた「蚯蚓、赤ん坊、あるいは砂糖水の沼」やおっさんの命令で角材と戦う男が登場する「隠密行動」などを読めば、その不可思議さを実感してもらえると思う。ここでは本筋などあってもなくてもよく、我々から見て異常とも思える登場人物の日常生活がただただ饒舌に語られる。この饒舌さが効果的に発せられるのは「飛び小母さん」だろうか。都市伝説である「飛び小母さん」をめぐって、最初はそんなものとは無関係なはずの登場人物たちの面妖な日常が、最後にはその「飛び小母さん」に収斂されていくあたり、作者の才気を感じさせる。
 さらに、茸学者の若松岩松教授とオッケペケ共和国国王(共和国なのに国王がいるというところがえもいわれずおかしいではないか!)をめぐる「若松岩松教授のかくも驚くべき冒険」にいたっては、ナンセンスでデタラメでいいかげんな(褒め言葉であることに留意されたい)展開に唖然とすること受け合いであるし、時代劇である「闇鍋奉行」のバカバカしさは(ほりのぶゆきの漫画を想起させる)ひたすら無邪気でたわいない。
 異色なのは「愛の陥穽」で、この短編だけはファンタスティックでもの悲しかったりするが、設定はやはり作者らしいナンセンスなものだ。
 なにはともあれ、「現代の夢野久作」のデビュー短編集である。本書をステップとして、「ドグラ・マグラ」に匹敵する奇書をものしてほしいと切に願う次第。いやいや、どんなものがこれから出てくるか、目の離せない作家の一人ではある。

(2003年8月4日読了)

(本稿はネット書店サイト「bk1」に掲載されたものをそのまま使用しております)


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