一昨年、63歳で死去した落語家、古今亭志ん朝の本格的な評伝。
名人志ん生の次男として産まれ、自然に落語の世界の匂いを身につけていった少年時代。初高座で辛口の評論家に舌を巻かせた前座時代。名人たちの落語会に前座として呼ばれその芸を吸収し、先輩たちを一気に抜いて真打ちに昇進した二ツ目時代。テレビのバラエティに出演したり、三木のり平に可愛がられて舞台俳優としても活躍しはじめた若手真打ち時代。三遊亭圓生や立川談志らと落語協会を脱退し新協会を結成しようとしたが寄席から閉め出されることになり屈辱的な協会復帰を余儀無くされた分裂騒動。その結果、人間的な深みが芸にあらわれ、名人の道を歩んだ円熟期。それぞれの時代のエピソードを様々な証言をもとに再現し、志ん朝という芸人の魅力を余さず描いている。
著者は、志ん朝の魅力の根源を「フラジリティ」という言葉をキーワードに解明していく。これは「弱さ」ということで、気の弱い者が、それゆえに深さや繊細さ、多様さを含んでいるという学説をもとにしている。
また、八代目桂文楽や志ん生の落語の速記と志ん朝の落語の速記を比較して、現代人にもわかりやすい落語を心がけていたことを指摘する。だからこそ、志ん朝は「現代的」な落語家だったのである、と。
ビデオやCDでしか志ん朝の芸に触れたことのない私ではあるが、それでもその面白さは東京の上方のという枠を越えたところにあると思っている。その秘密は本書でみごとなまでに解明され、しかもわかりやすい。
本書は、優れた評伝であると同時に、奥深い落語論なのである。
(2003年9月12日読了)