1979年のプロ野球日本シリーズ第7戦。バファローズ対カープの最終回、バファローズが一打サヨナラのチャンスという場面で西本幸雄監督は石渡
内野手にスクイズバントを命じた。マウンド上の江夏投手はカーブの握りのままとっさにボールをはずす。石渡選手のバットをかいくぐるようにしてキャッ
チャーの水沼捕手のミットに収まったボールは、飛び出していた三塁ランナー藤瀬外野手にそのままタッチされ、バファローズの、そして西本監督の日本シリー
ズ制覇の夢は消えた。
この時の選手たちや監督の心理を綿密な取材に基いて書かれたノンフィクションの傑作がある。山際淳司「江夏の21球」である。本書は、近鉄バファローズ
の応援団長を長年つとめてきた著者が、そのイニングにいたるまでのシーズン全ての展開と日本シリーズの推移までという長い道のりを、自らの観戦してきた事
実をもとに綴ったものである。
著者の〈近鉄無念の3部作〉のしめくくりとなる本書であるが、西本監督との出会いやら著者の応援人生やらなんやらは、先の2作と重複する部分も多く、自
分の体験だけでは引き出しが少ないのに、それでずっとひっぱっているという感じがする。
山際淳司の「江夏の21球」が傑作であるのは、1イニングという短い時間の中に人間ドラマが凝縮されているからであり、そこに至る過程を無視したわけで
は決してないのである。だから正直なところ、そこに至るまでの過程を付け加えたからといって、それで「もうひとつの『江夏の21球』」というタイトルにふ
さわしいものになるかというと、必ずしもそうとはいえないのではないかと思う。ましてや、観客から応援しているものの視点で書かれたというだけではやはり
弱い。いや、純粋に自分の行動を主体にして書いたのならばまた違う面白さもあっただろう。しかし、本書の場合は試合経過などの説明が主体となっていて、著
者の視点はところどころ挿入されるに過ぎない。
応援団員の生活などを織り込んでいるのだから、そちらを徹底させてもよかったのではないか。これは先の2作とも共通することではあるのだが、特に本書の
場合は「江夏の21球」という作品、また川上健一「サウスポー魂」など一流の書き手による先行作品があるだけに、なおさら作品としての完成度の低さが目に
ついてしまうのである。
(2003年10月3日読了)