砂漠の中にあるオアシス。そこには私たちが知っているものとよく似た不思議な植物が育ち、ムラの者はそこから得た収穫を〈交易人〉の持ってくるドウグと交換する。ドウグはトシから運ばれてくる。ムラには銀色の地平線である〈ハハ〉が必ずあり、〈ハハ〉が砂漠に緑をもたらすのである。
物語は、このようなムラに住む少年ニジダマと、交易人ツキカゲとの交流から始まる。ニジダマはトシへの憧れを持っており、ツキカゲはなぜかニジダマをトシに連れて行きたがる。
異世界ファンタジーであるかと思われる立ち上がりから、急展開して滅亡寸前の人類が地球から脱出しようという本格SFに転換していく。その転換の仕方は全く不自然ではない。少年が世界の構造を知ろうとする過程で、それらは明らかになっていくからだ。そして、物語の主人公が少年から交易人に移っていくと、一見不思議な舞台設定に一貫した意味づけがなされていく。
作者の藤田雅矢は「ファンタジーノベル大賞」でデビューし、長編を2冊刊行した後は、叙情的な中にも一本筋の通ったSF短編を「SFマガジン」に発表し続けてきた。寡作ではあるが、それぞれの短編は読者の高い評価を常に受けている。また、育種家という顔も持ち『捨てるな、うまいタネ』(WAVE出版)という著書もある
本書もまた、詩情あふれる描写で人々の思いを綴り、アイデアの核はSFならではの面白さに満ちたものである。そして本書は、育種家の本領発揮という側面があることも見逃せない。
ムラ、トシなどで活写される植物の生態の緻密なこと。そして、読者はその植物たちに頼らなければ生きていかれない〈動物〉という種の特性をとことん思い知らされる。ここで描かれる植物と動物のかかわりは、〈共生〉ではない。まさに植物に生かされているといっていい。いや、われわれだってそうなのかもしれないのだ。そういう意味では本書は植物からの人間文明批判の書として読めなくもない。
しかし、藤田雅矢はそれを声高に叫んだりはしない。静かに、そしてひそかにそういったメッセージを私たちに刻みつける。並々ならぬ力量を感じさせる。その文章の技の見事さ。
しかし、本書の提出するテーマは、重く、そして残酷ですらある。砂漠に覆われた地球に点在して暮らす人間たちの姿、それは私たちの未来なのかもしれない。そして、そこから脱出しようとする人々の未来を暗示するラスト。何と冷酷なメッセージなのだろうか。SF作家と育種家の二つの顔がみごとに結合して生まれたのが本書なのだと、改めて思うのである。
(2003年10月14日読了)
(本稿はネット書店サイト「bk1」に送稿したものをそのまま使用しております)