原発テロの教訓から過度に個人認証を厳しくし、IDカードであり携帯端末でもあるウェアラブル・コンピュータであるワーコンを誰もが所持している社会。これが本書の舞台である。痴呆症に対する対策を研究する認知心理学者の秋山霧子は、脳内に人工知能のモニターを埋め込むという実験を行っていた。彼女自信もその脳内モニターを埋め込んでいる。彼女の開発した人工知能ネビロスの異常をとらえる。また、10年以上消息を断っていた妹、溜峰との再会など、彼女の身辺はにわかに変化していく。一方、土建会社の社長である北畑恵祐は、建物の建築予定地から出土した時を調べようとしていた際に、信頼していたオペレーターの神宮司による建築現場爆破事件をきっかけに、元請けの大手ゼネコン社長である小久保から爆破事件解決のための調査を指示される。霧子と北畑は、溜峰という存在の動きを軸に起こる事件の渦中で、ワーコンを失い社会的人格をなくしてしまう。一連の事件に隠された意外な真相とは……。
情報管理社会の中で、自分というものを証明するものは何か、アイデンティティとは何かを問う書下ろし長編である。現在も進んできている情報機器の携帯化、簡便化に対する警告ともとれるだろうし、また人間の記憶というものの本質を問う作品だともいえる。特に本書で使用されるワーコンは、そのアイデア自体は目新しいものではないけれども、それが失われるということがどうなのかという問題提起の鋭さに注目したい。
そのアイデアの豊富さや展開の仕方の面白さは作者ならではである。ただ、どうしても舞台背景を説明しないと次の段階に進めないという構造になっており、そのために説明部分が多くなっているのも作者らしいところである。つまり、ストーリーで読者を引っぱるのではなく、アイデアを読ませるタイプの作品だというべきだろうか。そこらあたり、好みの問題はあるだろうが、小説そのものとしての力はいくぶん弱いように感じられた。登場人物の個性もそれほど際立っているわけではない。
SFとしての面白さと小説そのものの面白さのバランスがもう少しうまく取れていたらとは思うものの、本書の問題提起こそ現代SFならではであり、注目に値する一冊といえるだろう。
(2003年11月1日読了)