宇宙標準暦10414年、人類は自らが生み出した擬人種に逆に支配され、わずかな者だけが生かされているという状態であった。辺境の惑星に住む乙女、ピュセルは神の啓示を聞き、人類の王となるべく定められた縷々沙を、幻の惑星オルレアンに連れていき、連邦政府首長に就任させることを目的とした旅に出る。彼女は、擬人種の頂点に立つ慕頭の妨害をかいくぐり、擬人種の試作品の生き残りで慕頭に従わない儕輩号、光輝、告鳥らを次々と配下に置き、縷々沙のもとにたどりつく。しかし、残忍な擬人種の羊頭と狗肉たちの前に味方は次々と倒されていく。ピュセルは人類を救うことができるのか。
本格デビュー長編である「王の眠る丘」の系譜をひくファンタジーである。主人公のピュセルは、自分の意志で動くのではなく、ただ神の声に従っているだけという設定だが、結局その神が何なのかは明らかにはなっていない。ただひたすら自分の使命というものを信じてそれを果たすだけという主人公は、いわば狂信者なのである。しかも、彼女にかつぎ出される縷々沙は擬人種と人類の間にできた子ということで、バランスのとれた常識人である。
つまりこの作品は、一人の狂信者が静謐に暮らしている常識人の前に現れて彼を王位につけるという実にはた迷惑な物語なのだ。しかもその狂信者には「物語」をつむぐという能力が備わっており、いざとなると「物語」を作って相手を意のままに動かすことまでできてしまう。
本書で作者はやってはいけないのではないか、それは反則ではないのかということを次々とやってしまう。もちろん、意図的にやっているのだ。そして、物語世界に入ってしまうと、それを反則と感じさせないように周到な仕掛けをほどこしている。ストレートなSFファンタジーに見せかけて、実は非常に屈折した物語なのだ。こういう芸当ができるところこそ、作者の真骨頂にほかならないのである。
(2003年11月16日読了)