読書感想文


神は沈黙せず
山本弘著
角川書店
2003年10月31日第1刷
定価1900円

 幼い頃に土砂崩れで両親を失った和久優歌は兄良輔と別々に育てられ、大学を中退してライターの仕事につく。彼女は新興宗教に潜入してその崩壊までの経緯を書いたレポートが評価される。また、ネットでも人気の高い若き天才作家、加古沢黎にインタビューをし、その才気をお互いに認めあうようになる。兄の良輔はコンピュータプログラマーとしてプレイヤーが設定したキャラクターが自己進化を図る仮想ゲームを開発し、ヒットさせる。加古沢は良輔の考える神のありようを盗み小説を書き、大ヒットさせる。小説に書かれたことが現実となって起こり、ついには月の表面に「神の顔」が浮かび上がった時点で、加古沢は多くの信奉者を得る。そして、兄のアイデアを登用したことを指摘した優歌は逆にネット上でバッシングにあう。同時に、良輔は神についてその真実を知り、愛する妻子や妹をおいて日本を去る。良輔が突き止めた神の真実とは。世界各地で起こる超常現象が示すものとは……。
 神というものと人間との関係は、SFにとっては大きなテーマの一つである。また、「トンデモ本」でも神について様々な〈真相〉が語られている。SF作家であり、また「と学会」会長でもある作者は、両方の立場から独自の視点を得て神を解釈することに成功した。神が人間を超える存在であるならば、一人一人の人間に対してどのような感情をもつか。本作はそこを徹底的に理論づけ、解明していく。
 むろん、本書は小説である。したがって、神とはこういうものだと作者が主張しているわけではない。が、数多くの資料に裏打ちされた本作の結論については、大量の「トンデモ本」を読んで「人間は神に何を求めているか」を考え尽くしたであろう作者の考え方がはっきりと示されているのであろうと思われる。
 ただ、作者はあまりにも多くの「トンデモ本」と接し過ぎたからだろうか、神の解釈に対する理論的な整合性を重んじるあまり、そちらの説明にかなりの部分を費やしてしまっている。そのため、エンターテインメントとしては少し理が勝ち過ぎて文句なしにストーリーを楽しむというところが少なくなってしまっている。作者の誠実さはわかるが、小説としての面白さまで犠牲にしてしまったのではないかと感じた。瀬名秀明『BRAIN VALLEY』と共通した硬さがあるのだ。
 とはいうものの、本書は力作である。人間の群集心理の怖さを余すところなく描き出し、その群集心理を操ろうとするものの愚かさを強く感じさせる。なによりも、本作には高い志が感じられる。読み手をぐいっと引きつける力強さが、本書にはあるのだ。

(2003年11月22日読了)


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