読書感想文


源氏と日本国王
岡野友彦著
講談社現代新書
2003年11月20日第1刷
定価700円

 なぜ征夷大将軍には源氏でなければならないという通説が生まれたのか。源氏とは、天皇の兄弟が臣籍降下する際に天皇より下賜される姓であり、源氏を名乗ることにより、天皇家の係累につながることなのだということを示すものだった。また、征夷大将軍は単に武家の頭領でしかなく、将軍になったからといって必ずしも統治者であったわけではない。数多い源氏の姓を持つ公家や武家の筆頭者である「源氏長者」となることにより、はじめて統治者の資格が得られたのである。さらに、室町幕府三代将軍足利義満以来、源氏長者は明皇帝より「日本国王」と認められるようになったが、その結果、将軍と源氏長者を兼ねる者は日本国王というポジションを認められることになる。徳川家康が源氏の姓を欲しがり、将軍となると同時に源氏長者の地位も手に入れたのは、日本国王となるためであった。それに対し、織田信長や豊臣秀吉が将軍とならなかったのは、源氏でないからなれなかったのではなく、中国皇帝の座を望み、日本国王という地位に魅力を感じていなかったからなのである。
 天皇より与えられる地位としての「姓」と、家を示すだけの「苗字」の違いなどを整理した上で、著者はこれまでの通説や俗説を覆す「源氏長者」という「日本国王」の存在を明らかにしていく。その裏づけとして数多くの史料や先達による文献を提示し、読み手の疑問を一つずつ解消していく形で論が進められる。歴史学にありがちな「史料のこの部分は自分の論考にあわないが、これは例外として無視する」という姿勢はほとんどとられない。
 通説を覆すためには、それだけの証拠と論考が必要であるが、本書はその条件を備えているように思われる。「源氏」と「平氏」の格の違いなど、本書を読んでなるほどと認識を新たにされたところも多い。網野善彦、今谷明に続く新しい世代の中世研究者として、著者の今後の活躍に期待がもてる一冊である。

(2003年11月29日読了)


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