徳川幕府三代将軍、家光が開いた御前試合に集まった剣豪たちの死闘。そして、勝者に贈られた秀吉ゆかりの名刀を狙う謎の忍者。服部半蔵の血を受け継ぐ「影」という名のこの忍者は、三代に渡り非情の世界に生きてきた存在であった。柳生宗矩と半蔵は、幕府の面子にかけてもこの忍者をとらえなければならない。名刀を持って半蔵がおもむいたのは、大坂の陣を生き延び陰棲していた真田幸村のもとであった。「影」が刀を狙う理由を理解した幸村は、配下の赤猿佐助を使い御前試合の様子を探る。刀に秘められた謎とは何か。そして、宗矩と半蔵、幸村と「影」をめぐる抗争の結果は……。
寛永御前試合を軸に、謎の財宝、名も感情も持たない忍者、大坂の陣に関わる人々の因縁などをからめて描かれる非情の人間模様がみごとである。剣の道を貫く人々の生き方、そして、それらの人々の運命をもてあそぶ権力者の愚かさ、時代の流れを見据えながら生き抜く天才の最後の意地……。様々な要素がからみあいながら結末へと物語は収斂されていく。手練れによるエンターテインメントの粋がここにある。
さらに、現在の小説にはない文章の美しさがそれを際立たせる。いわゆる美文調ではない。しかし、ドライな文体を支える精妙な描写と豊富な語彙に私は圧倒されてしまった。40年前は、大衆小説であってもこれだけ読む側の教養を前提とした文章が書かれていたのだ。素養が違うのだ。
小説の面白さとは何か。それを改めて感じさせてくれる作品である。
(2003年12月8日読了)