読書感想文


妖説太閤記 上
山田風太郎著
講談社文庫大衆文学館
1995年11月20日第1刷
定価835円

 鼠とも猿とも呼ばれ、女たちからは嘲笑されて相手にもされなかった野武士崩れの浪人ものは、織田信長の妹、市姫を見て一目惚れしてしまった。以来、彼はただただ市姫への焦がれるような想いだけで織田家に仕官し、少しでも姫に近付ける身分になろうとする。成人女子へのコンプレックスから年の離れた少女に、また、みじめな境遇から高貴な育ちの女に対してしか欲望を感じられないという異常な性質となった彼は、足軽頭木下氏の娘、ねねと結ばれる。そして、尋常ならざる頭の回転で、みるみるうちに頭角を現す。美濃の奇才、竹中半兵衛や播磨の異才、小寺官兵衛らがその得意な人物に惹かれ、軍師となる。木下藤吉郎と名乗ることを許された彼こそは、のちに太閤となる羽柴秀吉であった。秀吉は、竹中半兵衛のしかけた罠を生かし、次々と敵を葬り去っていく。市姫を自分のものにすることだけを考えながら……。そして、その罠は「本能寺の変」という形で結実していく。
 太閤記も、山田風太郎の手にかかれば、こうなる。太閤秀吉を動かしたものはただただお市の方への恋慕だというのだ。もともと、豊臣秀吉という人物は、その容貌や行動、出自からもヒーローたるべき条件を何一つ備えていないのである。いわゆるトリックスター的な人物だといえるだろう。しかし、天下人たる秀吉である。たいていはその姿をヒーローの形に整えて描きたくなるのが人情だ。
 作者は、その秀吉をまさにトリックスターとして描き切っている。滑稽で、みじめで、しかし執念深い秀吉という人物を、戦国の梟雄としてでなく、現代感覚をもちあわせた奇人として。
 読んでいくうちに、これが秀吉の実像ではないかと思ってしまう。上巻は本能寺の変の直後まで話が進む。下巻からはいよいよ本格的な天下とり、そして天下人となってからの秀吉が描かれるのだ。どのような解釈で繰り広げられるか。楽しみである。

 なお、本書はしばらく絶版になっていたが、現在では講談社文庫から新装版で発行されてる。この傑作の入手が再びたやすくなったのは喜ばしいことである。

(2003年12月12日読了)


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