第122回直木賞受賞作
明治の末、寒村から長崎の丸山芸者として売られてきた愛八は、器量はよくないが芸事については天下一品。旦那もつき、芸一筋の道を歩いてきた。長崎の歴史を研究しているお大尽、古賀十二郎に惚れてしまった愛八は、古賀の前で一世一代の芸を見せる。その歌に惚れ込んだ古賀は、長崎の埋もれている俗謡を節とともに収集するためのパートナーとして、愛八を指名した。陰口を叩かれながらもキリシタンの歌など貴重な俗謡を集めることができた二人は、ついにその決定版というべき「ぶらぶら節」を発掘する。一方、幼い頃から苦労を重ねていた若い芸者、雪千代が肺病に冒されていることを知った愛八は、自分の身代を傾けてまでっそりと治療代を出してやるのであった。
本書は、無償の愛に生きた女性の物語である。幼い時分に芸者に売られ、まっとうな愛情を注がれたことのない彼女は、むろんその職業柄、普通の恋愛もできない。芸の道に際しても、そして心から愛した初めての男性に対しても、娘のように可愛がっている病みついた芸者に対しても、彼女は一途なまでにその情熱を注ぐのである。
また、本書に描かれる明治末から大正初までの風俗描写のきめ細かさも、特筆に値する。ディティールの確かさが、時代の空気を運んでくれる。
作者は長い作詞家生活から、「歌」というものを人間が発するこの世とあの世を結ぶものとしとらえているようだ。実在の人物である古賀に、作者は自分を託しているのだろうか。古賀の「歌」に対する言葉ひとつひとつにその気持ちが込められている。
愛八の人生は、まさに歌の歌詞にしたくなるようなものである。いや、本書は小説の形をとった「歌」そのものなのかもしれない。
(2004年1月3日読了)