読書感想文


日本人の歴史意識−「世間」という視角から−
阿部謹也著
岩波新書
2004年1月20日第1刷
定価700円

 著者は日本独自の「世間」という概念を問い続けている研究者である。著者によると、日本では西洋式の「個人」という概念はいまだに理解されていないという。それは、いくら西洋式の法制度を導入しても「世間」という観念を通してしか消化されなかったゆえであり、私たちは物事を自分の尺度ではなく「世間」の尺度で計るようになっているからなのだ。汚職などで逮捕された政治家が「私は無実だが、皆様にご迷惑をかけたので辞職する」と表明したりする。「世間」に向けて「恥」になることは、罪がなくてもしてはいけないという考え方なのである。だから、日本人が歴史を意識するのは、現在に直接つながる過去ではなく、「世間」とは別のところで行われた物語としてであり、現在「世間」で生きている人々は自分が今歴史そのものを生きているという感覚を持たないのだ、と。
 著者は本書で「世間」という言葉が古代から中世にかけてその意味を現在のものに変えていった経過をたどり、日本人と西洋人の考え方の違いを、説話などによって例証する。そして、執拗に「世間」という概念を読者に叩きこんだ上で「歴史意識」を持てない日本人に対して警鐘を鳴らすのである。
 著者の示す「世間」の概念は、西田幾多郎や和辻哲郎らの日本哲学と考えあわせると、かなり説得力がある。肯定的にとらえるか否定的にとらえるかの違いはあれど、だ。そして、「世間」に対してあまりにも無自覚になり過ぎないようにと自分をいましめたいような気持ちにもなる。
 もっとも、本書で例証されていることの半分くらいは10年ほど前に書かれた「『世間』とは何か」(講談社現代新書)と重なるものであり、著者の執念深さに感服したりもする。著者の「世間」へのこだわりの根源に何があるのか。旧著は読みかけにしたままほっておいたのであるが、これを機にちゃんと読み直してみようと思った。

(2004年2月4日読了)


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