小説、映画、マンガなどでの安倍晴明人気は、一時ほどではないがまだまだ根強いものがある。本書は、時代時代によって変わっていく「晴明」像を明らかにし、なぜ「晴明」という人物が超人的なヒーローになっていったかを探るものである。
著者は国文学の専門家である。まずは平安時代に残された文献から安倍晴明の実像を探る。そして、没後、院政期に「晴明現象」というべき伝説化が始まったことを明らかにしていく。四神相応の王都を、そして人々を守る超能力者としての晴明である。室町以降になると、葛の葉狐の子どもである安倍童子という形で晴明は再生される。歌舞伎や浄瑠璃などでもとりあげられ、ライバルとして蘆屋道満という存在がクローズアップされるのもこのころである。戦後は三島由紀夫や澁澤龍彦の手で晴明は描かれるが、平成になってから夢枕獏が創造した美青年のヒーローである「安倍晴明」が一般的なイメージとなっていく。
つまり、「晴明」像は時代の要請により変化してきたのである。また、平安京が「風水に基づいて作られた四神相応の都市」であるという虚像が院政期に作られたものだということや、陰陽師を清少納言や紫式部ら晴明の同時代人がどのようにとらえていたかなど、いろいろな視点で「晴明」の虚実を明らかにしていく。
フィクションを楽しむためには、実像を知っておかなけれはならない、とは言わない。しかし、読み手の知識が深ければ深いほど、読み方も変わってくる。本書で明らかにされている「晴明現象」の変遷を押さえておくことで、伝奇小説をフィクションとしてどのように楽しむかも変わっていくに違いない。
安倍晴明の実像はほとんどわからないに等しい。だからこそ、想像をふくらませることができる。しかし、想像と実像を混同する危険性も多いだろう。それは決してよい読み方ではないと私は思う。本書は、フィクションをより深く楽しむための手がかりとなるものではないだろうか。
(2004年2月17日読了)