読書感想文


英雄三国志 一 義軍立つ
柴田錬三郎著
集英社文庫
2004年2月25日第1刷
定価905円

 「三国志 英雄ここにあり」全3巻とその続編である「三国志 英雄・生きるべきか死すべきか」全3巻を合わせて全6巻のシリーズとしたものの第1巻である。待望の復刊である。
 後漢末、霊帝は宦官十常侍を重く用い、民を顧みない政治を行っていた。張角率いる黄巾賊が跋扈したが、官軍はこれに対して勝利を得ることはできない。ここに立ち上がった義軍が、劉備、関羽、張飛の義兄弟である。劉備は人徳があり義に厚く、関羽は豪傑ながら思慮深く、張飛は直情径行の豪の者。義軍は至る所で黄巾賊を打ち払ったけれども、皇帝にはその功績は伝わらず、地方の小役人程度の位しか与えられない。霊帝の没後、協皇子を皇位に立てた奸臣董卓は朝廷を意のままにし、私欲にふける。これを討つべく立ち上がった若武者が曹操である。曹操は諸候に檄文を発し打倒董卓の兵をあげる。かくして三国鼎立までの激しい戦乱の火蓋は切られた。
 おなじみ「三国志演義」を柴錬流に展開したもの。有名な桃園の誓いから話を始めるのではない。それどころか、ばっさりと切ってしまっている。劉備こそは人徳の人として描かれているが、それ以外の人物の人間臭さが作者ならではのタッチで描かれる。漢籍にもくわしい作者だけに、文中に挿入される普段あまり使われないよう熟語が独特のリズムをきざんでいる。
 現在ではこのような三国志を書ける作家はいないのではないだろうか。まず、文章が違う。漢文や講談などが人々の日常に息づいていた時代に幼少期を送った者でなければ紡ぎだせないリズムがある。そして、人間像が違う。執筆されたのは1960年代後半。高度経済成長期の終盤で、日本にまだ活気と希望が満ちあふれていた時代である。本書に登場する豪傑たちも、自分の力で未来を切り開くという活気に満ちている。
 長らく絶版となっていた傑作の復刊を喜ぶとともに、柴錬節を堪能したいシリーズの開始である。

(2004年2月22日読了)


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