読書感想文


兄弟
なかにし礼著
新潮文庫
2004年2月1日第1刷
定価629円

 作者が作詞家から小説家に転向した第1作。
 満州から命からがら引き上げてきた家族を待っていたのは、戦争で死に損なった長男であった。彼は母の実家を担保にして鰊漁の権利を高額で買う。幸い大漁で儲けたと思われたが、夜マッ気を出した兄はその鰊を北海道から金沢に運んで売ることにする。その船は大時化にあい鰊はまるごと無駄になってしまう。北海道から逃げ出した一家は、兄を除いて青森に移住する。兄は米軍三沢基地の通訳におさまっていた。病気で半身不随となった母をつれて、一家は東京に。しかし、弟は、地道に努力することを知らない兄の犠牲になり続ける。売れっ子作詞家になった弟の名を使い、新事業に手を出すための資金を借りては失敗を繰り返す兄。そして、そんな兄を切り捨てられない弟。兄弟の絆とは、そして兄の死に「万歳」と言わずにはいられなかった弟の心境とは……。
 私は長男である。長男というのは、どこかに甘えを持ち続けながら生きているものだと、自分でも感じる。それだけに、自己破滅的な「兄」を一方的に批判するような読み方ができなかった。作者の、兄への怨念がつのればつのるほど、私は兄に対してなにかしら身を切られるような思いを抱いてしまう。
 作者もまた、強烈な個性の持ち主であるはずだ。それがプラスに働くと売れっ子作詞家となり、マイナスに働くと自己破滅型の虚業家となる。本書は、その分岐点はどこにあるのかということを考えさせてくれる。それは、執着する対象の違いなのではないだろうか。作者には「歌」があった。しかし、兄には過去への未練しかなかった。それが兄弟の運命を分けたのではないだろうか。
 小説の完成度は必ずしも高いとはいえないけれど、読み手を引き込む力を感じる。作者のこめた思いの重さゆえなのかもしれない。

(2004年2月26日読了)


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