江戸時代後期の読本の代表作「南総里見八犬伝」を、「富士に立つ影」や「盤嶽の一生」等で知られる大衆小説の第一人者、白井喬二が現代文に訳したもの。完訳ではなく、ところどころ省略はしているけれど、基本的には原作に忠実なものになっている。
戦国時代の始め頃、関東で起こった結城合戦の落ち武者である里見義実は、安房の国に落ちのび、大名である神余光弘を殺して領主におさまった山下定包と愛妾玉梓を討ち果たし、一城の主となる。しかし、安房を二分する大名である安西景連の奸計にはまり、滅亡寸前。飼犬の八房に、たわむれに「景連の首をとってきたら娘の伏姫を妻にやる」と約束してしまう。敵将の首を食いちぎってきた八房と伏姫は富山の奥にこもる。忠義の臣、金碗大輔は八房を鉄砲で打ち殺し姫を助けようとするが、銃弾は犬もろとも姫の命をも奪ってしまう。伏姫は八房の子を宿していた。「仁義礼智忠信孝悌」の八文字が浮かび上がる姫の数珠玉は八方に飛び散り、出家してゝ大法師となった大輔はその玉を持つ八人の子どもを探す旅に出る。そして、十数年の歳月を経て、武蔵国大塚に犬塚信乃、犬川荘助が登場、義兄弟の契を結ぶ。父の形見の名刀村雨丸を持って関東公方に仕官しようとする信乃は、伯父の蟇六のたくらみで刀をすり替えられていたことに気がつくが、時は既に遅く間者とみなされてしまう。信乃を討ち取るよう命令された犬飼現八、その義兄弟である犬田小文吾と甥の犬江親兵衛……。玉を持つ犬士たちが続々と現れる……。
本書には物語の発端から犬飼現八と犬村角太郎(大角)の化け猫退治までが収められている。大量の登場人物が登場し、それぞれが不思議な縁で結ばれているという、その人間関係を作り出しただけでもすごいといわざるを得ない。犬、狸、猫などの動物と人間がからみ、さらには討ち果たされた者の怨念などにより、登場人物たちは時には集まり時には別れを繰り返しながら、物語を紡ぎあげていく。
子どもの頃からリライト版、人形劇で親しみ、中学生になって岩波文庫全10巻の原作に挑戦したことなどが、読んでいるうちに思い出された。私には「八犬伝」と「シャーロック・ホームズ」ほど何度も読み返して頭に叩き込んだ小説はないくらいだ。今こうして、大衆小説の名人の手になる現代語訳を読むと、その当時にはわからなかったことが見えてきたりもする。
かつて人形劇「新・八犬伝」に心躍らせた方、「八犬伝」なんて知らんという方、ご一読をお薦めする。時代的に感覚があわない部分も多々あるが、それは江戸時代の、しかも四角四面の曲亭馬琴の書いたものだから、ちょっとこらえてもらいたい。白井喬二があえてそのような感覚のずれを修正せずに訳した意味が、読み進んでいくうちにわかるはずである。下巻では犬江親兵衛が主役となって関東全域を巻き込む大合戦が展開される。どう訳されているかが楽しみである。
(2004年2月28日読了)