昭和10年代半ばから終戦直後にかけて書かれた短編8篇と「大阪論」を収録したもの。
肺病の療養先の旅館で出会った夫婦を描写した「秋深き」、坂田三吉の晩年の対局を描いた「聴雨」、幕末に京都伏見の旅館寺田屋に嫁いだ女の生涯を綴る「螢」、乳ガンで死んだ妻の思いを残しながら競馬場に通う男の心理を描いた「競馬」、依頼された原稿がまとまらない作家が思いついたことを次々と書くという形をとりながら人々のやるせない生き方が浮き彫りとなっていく「世相」など、いずれも決して多いとはいえない枚数の掌編に、人生の重みと軽みを鮮やかに刻み付けている。
淡々とした描写の中に人生というものの妙味をみごとに描き出すという作者の名人芸を久々に堪能した。特に私の好きな「競馬」は何度読み返してももの悲しく味わい深い。乳ガンに苦しむ妻の痛みをそらすために肩に噛み付く夫の描写などは実体験からくるものなのだろうが、それだけに胸を締め付ける。そして、妻が結婚する前につきあっていたと思われる男と競馬場で出会い、同じ番号の馬に金をつっこみ続けるいささか子どもじみて意地の張り合いもまた、どことなくこっけいでもの悲しい。
巻末の「大阪論」は、文楽の太夫や人形遣いを例にとり、大阪人の「欲」の本質を解き明かす。現在の一般的な大阪人像とは違うように思われるが、大阪という土地の底流をしっかりとつかみだしており、思わずうなずいてしまう。
織田作之助が大阪の作家の代表的な存在といわれるのもむべなるかなと再確認させてくれる一冊である。
(2004年3月27日読了)