話題のアニメーション「イノセンス」の前日談をSF小説の第一人者である作者が小説にしたオリジナル・ストーリー。「攻殻機動隊」の設定をもとに作者独自の世界を描き出している。
公安第9課の刑事、バトーは相棒の草薙素子を失い、何かが欠落したような日々を送っている。その心の支えとなっているのはバセットハウンドのガブである。しかし、自動車運転中に何者かによって電脳をハッキングされ、九死に一生を得た彼が自宅に帰ると、ガブはなぜか彼の手をすりぬけどこかに行ってしまう。ガブの行方を探す彼は、飼い犬が次々と行方不明になっているという事態に出くわす。そして、それはブリーダーと呼ばれるテロリストの計画に関わっているらしい。バトーはテロリストの調査を単身で進める。自分が失ったものを取り戻すために……。
電脳化されたサイボーグに「愛」はあるのか。あるのならば、それはいったいどういうものなのか。映画「イノセンス」では隠しテーマのようになっていた部分を、作者は中心に置く。そして、映画で扱われる事件につながるような形で物語を展開させながら、独立したストーリーとして楽しめるように仕上げている。ストーリーはミステリ仕立てになっており、それがSFのアイデアとみごとに結びついている。つまり、人気映画のサブ・ストーリーでありながら、独自のSFミステリとして完成させているのである。手練の技というべきだろう。
人気アニメのノベライゼーションやサブ・ストーリーの小説は数多くある。しかし、書き手によってはストーリーを追うばかりのものや、原作の設定にとらわれ過ぎて独自の魅力を持つところまでいかない場合が多い。しかし、そこは山田正紀である。原作のテーマを踏まえた上で自分自身のテーマを追求し、読みごたえのある作品に仕上げている。
本物の作家が、本物の映画監督にたたきつけた挑戦状か。いや、エールに違いない。達人は達人を知る。そのつばぜり合いを楽しみながら読んだのである。
(2004年3月31日読了)