読書感想文


上司は思いつきでものを言う
橋本治著
集英社新書
2004年4月21日第1刷
定価660円

 職場で若い会社員が建設的なアイデアを出しながらも、上司がなぜか素直にその提案をとりあげず、なぜか思いつきでものを言う。決してその上司は頭が悪いわけではない。それどころか意欲的ですぐれた人物であったりする。それなのになぜ思いつきでものを言うのか。組織でありがちな素朴な疑問を出発点に、日本社会そのものの構造を解き明かしてしまう。上司が思いつきでものを言うのはその上司の頭が悪いせいではなく、日本の組織というものがそういう言動をとらせる構造になっているからなのだと、著者はいう。律令制度が成立した時代からできあがってきた儒教的なしくみがそのあとも根深く残り、それは武家の政権ができても明治維新で新政府ができても戦争に負けて民主主義を第一とするという憲法になっても、その根はしっかりと張って日本社会を支えてきたのだと説くのである。社会が安定している時期はそれでよいが、現在のように目標を見失ってしまうような時代になると、儒教的な価値観では対処し切れない。それならばどうすればいいのか。
 著者の結論は驚くべきもので、私は思わずうなってしまった。文章は読者に優しく語りかけてくるように書かれ、しつこいほど念を押しながら論を進めていく。ひとつひとつの事象を確認した上で次の論考にはいるから、論理の飛躍がなく説得力がある。
 なによりも「上司と部下」という人間関係を基本に置いて、不合理なことがらをわかりやすく読み解いていく、その進め方がうまい。寄り道をしたかと思うと、むろんその寄り道にも意味があるのだ。
 素朴な疑問から大きく論が広がり、そしてもとの疑問に帰ってくる。ここに本書の妙味があるのだ。社会と人間の関係を考えるために、ご一読を薦めたい。

(2004年4月20日読了)


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