読書感想文


からくりアンモラル
森奈津子著
ハヤカワSFシリーズJコレクション
2004年4月30日第1刷
定価1600円

 本書は「愛」をテーマにした短編集である。
 森奈津子は「愛」をストレートは描かない。「愛」にともなう「業」が読み手に突きつけられる。
 人間という生物は本能が壊れているという説がある。決まった発情期がなく、常に性交を行うことができるのが、その証拠だというのである。さらに、人間は性交を快楽の追求のみのために行うこともできる。その快楽は愛情表現の一つであるのだろうか。森奈津子がその作品でセックスにこだわるのは、その愛情表現の形を追い求めているからなのではないだろうか。それがどれほど屈折したものであろうと。
 森奈津子が描き出す愛の形は様々である。
 表題作の「からくりアンモラル」に目をやると、一体のロボットをめぐる愛の物語を描きながら、姉妹という関係の深淵にある「愛」が掘り下げられている。「あたしを愛したあなたたち」では、異なる世代の自分によって与えられる快楽の描写の奥底に究極の自己愛が哀しみをともなって提示される。「愛玩少年」で吸血人類によってもてあそばれる少年の被虐性は、どのような形であっても愛を求めずにいられない者へ贈る作者からのメッセージではないのか。「いなくなった猫の話」は愛に飢えた女性が見い出した永遠の純愛を描き、「一卵性」は愛する対象を自分と同一化しようとする者の偏愛を執拗に綴ることにより、愛するということの号の深さを読み手に突き付ける。「レプリカント色ざんげ」で語られる人間にもてあそばれるアンドロイドともてあそぶ人間の愛情関係の歪んだ姿を見よ。愛を求めるということの利己的な感情は、なんと辛く苦しいものなのだろう。「ナルキッソスの娘」は、一転して愛を提供する男のユーモラスな一代記。嘘をついてまでも相手を喜ばせるという無償の愛には、ストーリーのおかしみを超える感動がある。そして最後に収められた「罪と罰、そして」に至り、愛情と憎悪の根源的な同一性が語られ、森奈津子による「愛」の遍歴は結末を迎える。
 人を愛するということは、なんと甘美なものなのであろう。そして、求める愛と与える愛の関係が齟齬をきたした時にあらわれるエゴイズムにこそ、「愛」というものの持つ業の深さがえぐり出されるのである。
 本書で描き出される「愛」は、エロティックな甘美とすさまじいまでの業に彩られている。「愛」の本質を描き出す森奈津子の筆致に遠慮はない。それは「愛」がエゴイスティックな本質を持つ人間の営みであるからなのである。

(2004年3月27日読了)

(本稿はネット書店サイト「bk1」に掲載されたものをそのまま使用しております。ご購入はこちらから)


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