南海ホークスにトレードされた江夏豊と大洋ホエールズに出された辻恭彦の対談を皮切りに、最下位の責任を取らされた監督藤田平、自ら渡米した新庄剛志(SHINJO)、台湾で活躍する郭李建夫と中込伸、ブルーウェーブでレギュラーをとった塩谷和彦、太平洋クラブライオンズで芽が出ないままタイガースにやってきてレギュラーを取り横浜大洋ホエールズに移っていった加藤博一、世紀の大型トレードで大毎オリオンズに移籍した小山正明、FA宣言でタイガースを去った仲田幸司と松永浩美、チャンスをつかめずバファローズに移籍し、結局球界を去っていった萩原誠。12人の野球人生は、いずれもタイガースが大きくからんでいる。
江夏と辻の対談が、若き日の熱い思い出話になるのは当然である。地元サンテレビで解説をする小山の言葉が現役選手への苦言となるのも当然だ。タイガースで光り輝いた瞬間のある郭李、中込、加藤、仲田がタイガースへの愛着を語るのも不思議ではない。現役で活躍するSHINJOと塩谷がタイガース時代を振り返る心境にないのももっともである。監督としては失敗に終ったが自分の信念が間違っていなかったと確信する藤田も、タイガース一筋の現役生活を考えれば熱い思いが残っているのはあたりまえだろう。プロ野球選手としては大成しなかった萩原がタイガースに対する思いよりも自分自身の弱さを思い出してしまうというのも納得できる。
問題は、松永である。たった1年だけの在籍。ホークスに移籍直後のインタビューでタイガースに対する批判を口にし、ブレーブス時代に培った栄光と、晩年を過ごしたホークスに対する思いはあっても、タイガースに対してはなんの愛着もないのだと思っていた。ところが、FA宣言をした時に口にした「ホークスを最後の働き場にする」という言葉は実はタイガースファンに向けられたものであり、ホークスを解雇された時に2000本安打を達成するために他球団での再起をはからなかったのはその約束を守るためだったという。たった1年、しかも思い通りのことができず、タイガースのファンから罵声を浴びた屈辱の1年。それでも松永はそんなタイガースファンに義理立てをしたというのだ。
タイガースとは不思議な球団である。勝てば熱狂的なファンを増やし、負け続けていても人気が落ちることはない。そして、そこに在籍した選手もタテジマの魔力は働くのだ。
様々な書き手による多様な視点からの「元・阪神」の人々を描いた本書は、そのようなタイガースというチームの不可解さをさらに感じさせてくれる。ただ、本書全体を通じて「元・阪神」である意味とは何かというところまで迫れなかったのは、残念なことである。編著者というべきチーフの書き手が不在であることに問題があるのかもしれない。
(2004年5月21日読了)