エジプトのピラミッドの神秘に心ひかれた男が、家財を傾けてまでしてタイムマシンを発明し、クフ王のピラミッドが建築された時代にやってくる。しかし、男は既にできあがったピラミッドを見て呆然とする。歴史学上の定説とは違い、ピラミッドが建築されたのはさらに太古の出来事だったのである。
本書は、単なる時間旅行ものではない。というよりは、時間旅行はある意味では物語を面白くする手段に過ぎないのかもしれない。
本書のテーマは、人間という存在の成り立ちを、ピラミッドという古代の巨大建造物を手がかりにして解き明かそうというものなのである。主人公の時間旅行者は、その謎を解く探偵であり、物語を進行させる狂言回しでもある。彼の視点にたった読者は、白紙の状態でピラミッドの謎に対峙し、まるで古代のその場に居合わせるような気持ちでその謎を解く作業を主人公と共有する。この構成により、本書はエンターテインメント性の高い作品に仕上がっている。
むろん、高野史緒は世間に流布するトンデモ学説をそのまま受け入れるような愚は犯さない。それどころか、ここで作者が示す回答は、そういった俗説や珍説をも包含するスケールの大きなものなのだ。
また、本書では宗教と科学の関係が追求される。登場する神官や巫女は、宗教の教義や儀式をただ単に受け継ぐだけの存在ではない。観測した結果と伝えられる神話との差異に心を悩ませるのだ。そういった高邁な思考に強引に割り込むように、俗世の権力欲のことしか頭にない人物が登場する。
聖と俗、宗教と科学、現代人と古代人……。様々な二項対立が複雑にからみあいながら、真実に向けて物語は進む。したがって、複雑な謎さえも最終的には一点に収斂されていくのである。
作者が古代史に挑んだ野心作である。乏しい史料の断片から古代エジプト人の生活を再現してみせた。その情景のリアリティには驚かされるばかりだ。
さらに、タイムマシンでもとの時代に帰る時間が決まっているという設定は、読者にスリリングな面白さを楽しませている。
本書は高野史緒の新境地開拓への意気込みを感じさせる一冊なのである。
(2004年5月16日読了)
(本稿はネット書店サイト「bk1」に掲載されたものをそのまま使用しております。ご購入はこちらから)