本書の著者は、どこにでもいる普通の会社員であった。満員電車にのって毎日通勤をし、バスケットボールの試合などささやかな楽しみを持ち……。ところが、朝の通勤電車で若い女性に手首をつかまれた瞬間から、その人生は一変する。両手に荷物を持ったままで身動きの取れなかった彼をその女性は「痴漢」の現行犯として〈逮捕〉したのだ。著者はやっていないのだから駅員や警察官に事情を説明したら自分の訴えは認められると考えていた。しかし、そうではなかった。その女性と同行した時点から、彼は「痴漢犯人生産システム」のベルトコンベアに乗せられてしまっていたのである。5万円の罰金を支払い、してもいない「痴漢」をしたことにしてその場ですませることもできたかもしれないが、彼はその道はとらなかった。あくまでも無実を主張したのである。裁判を戦ううちに会社からは見捨てられ、人を信じる気持ちが失われ……。
警察が予断に基づいた「捜査」を行い、証拠のない場合は勾留という手段を用いて強制的な「自白」に追い込み、冤罪を生み出しているという事件は今でも大きく報じられる。一時、警官による内部告発本がベストセラーになったこともある。最近では兵庫県警が有りもしない事件を大量にでっち上げていたという報道もあった。
本書の手記では、そのあたりのえげつなさが読者に生々しく伝わってくる。さらに、弁護士による説明が付け加わり、冤罪事件の弁護の難しさや面倒さが手にとるようにわかってくる。何もしていなくても犯罪者に仕立て上げられてしまう恐ろしさ。むろん、これは私たちが明日にでも同じ目にあうかもしれない事実なのだ。
著者と弁護士の奮闘ぶりには頭が下がる。私だったらここまでして戦えそうにない。実際、学生時代に交通事故の被害にあった時は、結局一時停止不履行を認めさせられてしまったという苦い経験もある。
刑事裁判の現状と問題点をえぐり出す、執念すら感じさせる1冊である。
(2004年7月1日読了)